【NIKKE】暴走モード突入する時の英語について考えてみた
こんにちわ♪ゆいなです。
今日は昔のラピ(レッドフードの力を借りる時)が使っていた裏コードの英語と、ミハラの裏コードについて考えていきたいと思いますヾ(・ω・*)
みなさんは覚えていますか?
CHAPTER_13 回路 巡り廻って再び:Bと言う章で、ラピが力を解放する時にRED HOODと言う文字が表示されます。
ミハラが覚醒する時もD.E.E.P.と言う事で何やら英語か表示されるのですが・・・。
少しだけ頭を捻ってNIKKEの世界観に合ったように解釈してみました♪
と言う事で、今日はそんな感じでお話を語ってきたいと思います。
『A wolf has to die at the bottom of the well』
─オオカミは井戸の底で〇ななければなりません─
『A wolf has to die at the bottom of the well』
レッドフードは赤ずきんだと思っていたのですが・・・。
よくよく考えると違うような?

これって英文では歪んだ表現で、well meaning (善意の)は本来、善意の / 良かれと思って…のなのに名詞(井戸の名前)みたいに使われているのですよ。
となると「わざと崩した表現」
なので文脈を「意図より」にすると…
善意という名の井戸に落ちて、狼はそこで〇ぬ運命にある
・狼=本能・欲望・野生・危険な存在
・well meaning (善意の)= 善意・正しさ・道徳
・井戸の底 = 抜け出せない場所・結末
→「善意の中に放り込まれた“狼”は、生き残れない」「善意や正しさの構造の中では、野性(狼)は必ず殺される」
となると、レッドフード(フェアリーテールモデル 05)は赤ずきんではなく「実は狼だった説」もあり得るのではないか?と考える訳です。
レッドフード目線の善意とは、浸食された時にゴッデスを去った時なのか?はたまたラピを助けた時を指すのかは分かりませんがレッドフードはラピの中で生きています。(継承されている)
もう一つ考えられるのは「レッドフードをニケにした善意」人類連合軍(地上の時の政府)と三大企業を指すのだと思います。
もう「〇ぬ」事が運命づけられています。
リリーバイスもそうでしたが、短期決戦用であまり持たない構造になってたので「あり得ない話ではないかも?」と考えました。
『I am the Alpha and the Omega, the first and the last, the beginning and the end』─私はアルファでありオメガであり、最初であり最後であり、始まりであり終わりである ─
これは、ミハラがジエンにお願いをして身体を作り変えてもらった時の話です。
(詳しくはNIKKEのUNBREKABLE SPHERE PART2 WARDRESS:A セイレーンの時のイベントです)

『I am the Alpha and the Omega, the first and the last, the beginning and the end』
そのまま検索にぶち込むと『聖書の「ヨハネの黙示録」22章13節』になるのですが・・・。
いやいや・・・日本人は仏教だし、そんなに分からんよ・・・(´・ω・`)
と言う訳で、分かりやすくしました。
Alpha and the Omega
・Alpha(アルファ)=ギリシャ文字の最初
・Omega(オメガ)=ギリシャ文字の最後
↑
最初から最後まで全部。
続くコチラ
・the first and the last→最初であり最後である
・the beginning and the end→始まりと終わり
どれだけ最初と最後が好きなんだよ・・・
って思うのですが、言い換えるとこんな感じになります。
→私は万物の始点であり終点であり、時間・存在・因果の外側にいる。
もう少しNIKKEに寄せた考えをすると
・過去、現在、未来を一本の線として見ていない。
・全部「全部同時に在る」視点=時間の外側。
私は始まりと終わりを「同時に持つ」=「世界の悲劇は事故ではなく設計」
多分言いたいのはこんな事なのだと思うのですが・・・。
情報量多すぎん?
綺麗にまとめると
『救いも、破滅も、最初から最後まで、全て“知った上で”ここにある』
という解釈です。
自由意志であり、それすらも手の内。
レッドフードは〇ぬ事は決まっていた。
もっと言うと、浸食されゴッデスを離れる事も決まっていた。
ラピに合う事も決まっていた。
(レッドフード自身が選んでいるように見えるが、実は決まっていた事)
となると・・・自由意志ってあるの?
って疑問が残ります。
NIKKEのゲームを通して言いたい事って色々あると思うのですが、この英語の謎裏コードに関しては、「両立論」に近い考えだと考えるのです。
『世界は決まってるかもしれない。だが、選んでいるという主観がある限り、それは自由意志として成立する』
って、カッコイイ話になるのですが実はそんな単純ではなく。
人間の選択には
・過去の経験
・恐怖
・欲望
・愛着
・知識の偏り
に引っ張られます(ニケの適合者は、この辺が強かった人間だと思います。ラピはむしろ何もなかった人間)
となると、完全に白紙の選択なんて存在しないってなります。
じゃぁ・・・結局、自由意志ってなんなのさ?と言う話になるのですが
自由意志は「結果を変えられる力」ではなく「意味を引き受けられる覚悟」と言った方がいいのかもしれません。
つまり、なんだね・・・?
・結末が決まっている。
・過程も設計されている。
・思考すら消去できる。
それでも残るモノは
・逃げるのか?
・受け入れるのか?
・反抗するのか?
・皮肉るのか?
・笑うのか?
結果は決まっていますが、向き合う態度(覚悟)は選ぶ事が出来ます。
自由意志の定義は因果の中で主体として経験すること。
※因果は意味を欲しがる脳の構造。
──自由意志とは因果から自由であることではなく、因果をどう解釈するかを担うこと。──
と、考えたのですよ。
うん・・・なんか奥が深い・・・。
ニケは考察しだすとキリがないんですよね。
時間がある時にまた、考察できればいいなって思っています☆
最後まで読んで下さって有難うございました♪ゆいなでしたヾ(*´∀`*)ノ☆










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